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【私の働き方】30歳までの下積みを経て

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先日のトークイベントゲストとして、イラストレーターの黒木仁史さんをご紹介します。

23歳:大阪芸術大学芸術科卒業。在学中に数々の賞を受賞していたが、卒業後にイラストの仕事があるわけでなく大阪のレンタルビデオショップでアルバイト生活を送る。
27歳:上京し、デハラ ユキノリ氏の アシスタントに就く。
30歳:独立し、活動の体制を整えるため 福岡に移住する。 このときに水彩画のタッチを確立する。
34歳:「POPEYE」「GINZA」などでイラスト を手掛ける。
37歳:再び上京する。

黒木さんと初めてお会いしたのは、お世話になっているデザイナーさんに誘われた飲みの席。
「『POPEYE』や『GINZA』でも描いてるイラストレーターさんが来られるから!」と聞いていたので、いったいどんな方なのかと勝手な想像を膨らませていました…。が、実際にお会いした黒木さんは非常に謙虚な方でした。
現在は華やかなお仕事をされている黒木さんですが、30歳まではイラストの仕事だけではなかなか厳しかったそうです。

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高校では進学校に通っていたものの、授業についていけず卒業後の進路にも悩んでたんです。すると親の方から「あんた昔から絵をよく描いてたし、絵の道に進んだらいいんじゃないの?」と背中を押してもらい、大阪芸大に進みました。

大学在学中に数々の賞を受賞し、何もしなくても仕事がどんどん入ってくるものだと思ってました。でも実際はイラストの仕事はなく、卒業後はレンタルビデオショップでアルバイトをする日々。ただ、スタッフが観たい映画を仕入れることができる自由なお店で。このときにいろんな映画を観たことが、振り返ってみると今の仕事につながってますね。

全然イラストレーターとして食べれてなかったんですが、周りのイラストレーター仲間も同じようにみんな仕事なかったので特に焦りはなかったです。でも東京には前から行きたいと思っていて、「行ったら何かあるんじゃないか」と思って、別に仕事が決まっていたわけでもなかったんですが、27歳という遅いタイミングで上京しました。
「引っ越しました」と以前お会いしたことのあったイラストレーターのデハラさんに手紙を書いたら、「うちでアシスタントしませんか?」とご連絡をいただけて。3年間アシスタントをやりました。ここでイラストレーターの仕事の仕方を学んだんですが、デハラさんのされている仕事に圧倒されて、乗り越えないといけない壁の高さに挫折してしまったんです。それにアシスタントをしながらアルバイトも別にやっていたので、ゆっくり今後の方向性や自分のイラストについて考える時間もなく、一度体制を整えようと福岡に引っ越しました。30歳のときでしたね。

30歳までになんとかしたいとずっと思っていたので、この時期はよく悩んでいました。イラストレーターはつぶしが効かない職種だし、思い切って全く違う仕事に転職しようかと何度も考えました。でもそういうときに限って毎回自分のやりたい仕事がやってきて。そのままダラダラと続けて、結局それがよかったんですけどね(笑)。
そして水彩の軽いタッチもこのときに確立しました。雑誌や広告にデザイン的になじむんじゃないか、起用されやすいんじゃないかと狙って。ここから一つ一つの仕事にしっかり取り組むことで次の仕事につながって、徐々に食べていけるようになりましたね。

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「今は東京の案件も多いけど、やっぱり直接お会いして仕事もしていきたい」とのことで、今月始めに再び上京した黒木さん。今後とも活躍に目が離せませんね!